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京都・勝林時 座禅を通して怒りと向き合う時間

こんにちはリタです。いよいよ九月。とはいえ未だ激アツの日が続く京都から、今回は紅葉の名所として名高い京都、東福寺の塔頭寺院“勝林寺”をご紹介したいと思います。

おっとと….

調子よく書き出したつもりが、勝林寺でいただいたパンフレットをよみながら、のっけからつまずいてしまいました。

まず—

塔頭ってなんなん?
毘沙門ってなんなん?

さっそくネットで検索—–。

塔頭とは

禅宗寺院で、祖師や高僧の死後、その弟子が師の徳を慕い、大寺・名刹に寄り添って建てた塔。(多くは祖師や高僧の墓塔)や庵などの小院。

毘沙門とは

仏教において天に住むと言われる神仏。四天王の一尊。勝林寺の毘沙門天は、十世紀に造られた。財福・戦勝の神とされ、右手に宝塔を捧げ、左手に三叉戟を持ち、身を固め憤怒の表情をしている。「ビシャモン」とは、サンスクリット語(インドの古語)では「ビシュラバナ」と表記し、「全てを聞く」という意味を表す。

<勝林寺本尊・毘沙門天三尊像>

あらためて毘沙門天様を近くで見ると、ものすごい形相をされてます。もともとは東福寺仏殿の天井内に密かに安置されていたものを江戸時代に発見され、東福寺全体を守護する為に*1鬼門である北方にあたる勝林寺に安置されました。

*1日本では、古くから北東を鬼門の方角としている。鬼門とはその名の通り、鬼(邪気)の出入りする方角で、もともとは古代中国で始まった考え方が、平安時代に入ってきて広まった。現在でも魔よけのために「柊」「南天」、「万年青」を植えたり、水回りや玄関を避けて家作りをしたりと、鬼門を恐れる思想が根付いていると言われる。

それにしても怖いお顔をされてます。戦勝の神様としては、鬼門を守るために、憤怒の表情で近寄る者を撃退せんというところなのでしょうか。

“憤怒”と言えば、巷では、「イライラする人が増えている」「ささいなことでキレやすくなっている」などといわれます。

–思えば私自分も最近怒りやすくなっているかもしれない—

怒りやイライラの感情と上手に付き合うにはどうすればいいんだろう。そこで思い当たったのが座禅でした。

座禅に挑戦!

勝林寺では月に一度、座禅の体験会が開かれています。このような眺めのいい大広間で行われます。出かけたのは8月のお盆過ぎでしたが、30畳ほどの広間は大入り満員でした。女性に人気のプログラムと聞いてはいましたが、実際、30名ほどの参加者の七割ほどが女性でした。

体験会ではまず、お寺の和尚様による、勝林寺の成り立ちについての説明がありました。そしていよいよ座禅にかかる準備の始まりです。

まず座禅の足の組み方から

結跏趺坐(けっかふざ)もしくは半跏趺坐(はんかふざ)で行います。結跏趺坐とは、左ももの上に右足を乗せ、右かかとを腹に近づけ、右ももの上に左足を乗せます。左足のみを右ももに乗せるのが半跏趺坐です。足を組む目的は、肉体を自ら拘束することで、頭の働きがよくなり、思考がクリアになるのだそうです。とはいえ、何か一つのことに考えふけるのではなく、座禅の間に浮かんだ思いはすべて、景色を見送るように流していきます。

手の組み方

両手は右の手を下にして、親指で輪を描くようにくみます。これはお釈迦様の組み方とは反対で、同じにしてはおそれ多いのであえて左右を反対にするのだそうです。

目は半眼

目は閉じるのではなく、うつむいて伏し目の状態を保ちます。

呼吸の仕方。

15秒かけて吸い15秒かけて吐く。これをゆっくり10回繰り返します。

和尚様のお持ちの棒を警策といいます。文殊菩薩の手の代わりであると考えられていて、打たれることで励ましを受けていると解釈します。禅は宗派にって作法に違いがあり、警策を打つ場合、曹洞宗では後ろから肩に、勝林寺はじめとする臨済宗では一礼して前から肩に打っていただきます。実際に打っていただきましたが、ヒリヒリ感がしばらく残り結構痛かったです(笑

実際に体験してみて

一回15分を二回と30分だけの体験でしたが、ゆったりした呼吸を繰り返しているうちに、時間の感覚が薄れていく不思議な心地に陥っていました。肉体と思考が切り離されるというのか、周囲の様子があまり気にならず、宇宙にぽっかり浮かんでいる爽快な感覚が一瞬だけど訪れました。

考えてみれば現代の人々の生活は忙しく、あまりにも目まぐるし過ぎる気がします。効率化やスピード感が重要視される社会では、ゆったりと立ち止る余裕がないどころか、自分の心とじっくり向き合う時間すら持てない恐れがあります。座禅の時間は、そうした高速スピードの世界に身を置く人々にとって、肩の荷を下ろすことのできる、貴重なひとときになっているのではと思いました。

最後に

価値観の多様化や技術の進歩、また”褒める文化”への反動で、イライラする人は増えていると言われています。アンガーマネジメントの考え方によれば、そもそも怒りとは、動物にとっては天敵に遭遇したときに身を守るための「防衛本能」で、人間の場合は命を守るためというより、価値観や信念、大切な人を守るための感情として、”必要があれば怒っていい”というのが基本となっています。とはいえ、感情を爆発させるだけの怒りは、相手を不快にさせるだけ、自分自身の評価も下げて、雨降って地固まるみたいなことは期待できないのが現状のようです。そのためにもなるべく怒りは自らのお腹の中に収めておくのがベスト。(わからない人には何言っても無理。そもそもそうでなかったら、こんな不愉快な気持ちにはさせられてないはず)

諦念というのではありませんが、やはり怒りというのは、自分自身で上手にコントロールしなければならない感情といえそうです。それでも、もし怒りを抑えられなくなった時は、座禅の時間を持ってみるのもアリではないでしょうか。禅でよりよく生きるために必要なことは、自らの都合や立場を守ろうとする我欲を捨て、自他の境界と距離を超えた森羅万象に共通する”ほとけの心”を持つことと言われています。”ほとけの心”とは”智慧”と”慈悲”であり、それは認許とも言い換えられて、自分とは違う相手を許し認め、自分自身を空しくすること。自分の心を空っぽにするのはなかなか難しいですが、”自由な心”とは本来そういうものなんだそうです。心の自由を得るために怒りという苦痛を我慢する、たとえ不自由でも自分に正直でありたい。あなたならどちらを選びますか?

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ライター リタ
京都生まれ京都育ち。長らく箱庭のような美しい街から出たことがないことに危機感を覚え、8年前より国際交流のためのボランティア活動を始める。趣味は庭づくり。現在、韓国語の習得に邁進中。
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